戯言

盆やで

山ぁぁ!!!

こんなブログでこんなことを書くのも不謹慎なように思ったが、13日に祖母が亡くなった。

前日の12日は会社の同僚と飲んでいた。先輩にうながされるままにテキーラをおちょこほどの大きさのグラスで4,5杯飲んだところで無念の0時前リタイアとなった。自宅にはたどりつくことができたものの吐き気と頭痛で玄関で寝込んでしまい、寝ていると、祖父が「かあちゃん死んだ!」とわめき散らしながら私を叩き起こしたのである。まだ7時になっていなかったと思う。

祖母は長く糖尿病を患っていた。近年ではそれに加え痴呆が絶好調になっていて、もはやデイサービスではめんどうが見きれず、水橋にある病院に入院させていた。それを12日に祖父が、盆くらいは、と連れてきていたらしい。

その祖父も最近は軽度の痴呆ぶりを発揮しているので、寝言を言っていやがる、と思い私は二日酔いでフラフラになりながら祖母の様子を見に行くと、確かに尋常でない顔色で横たわっている。

目は閉じている。口の端からだらしなくよだれが垂れていて、泡でも吹いていたか?と思った。

触れてみると、熱い。

発熱していたらしかった。脈をみると、ない。ないが、私の判断できることでないと思い、祖父に救急車を呼ぶように言ったが、今さら呼んでどうなるか、と怒鳴られてしまい、それもそうかとその時は思い、祖母がどうやら他界したらしいということを母に告げると、母は妹を叩き起こして、慌てて家の掃除に取り掛かったのである。

そうしていると、祖父は祖母をあずけていた病院に電話して祖母が他界したらしいことを告げた。告げると祖父は、すぐに救急車を呼べ、と病院の看護婦に怒鳴られ、ようやく救急車を呼んだ。救急車が到着したのが7時20分頃だったと思う。

祖父について、少し触れる。

17で兵役についた。

それまで、三日市農学校(現桜井高校?)に通う学生であった。二十歳を過ぎればいつでも赤紙が来るのだが、どうせ駆り出されるものと思い志願したらしい。県庁でペーパーテストがあり、その後、舞鶴で本試験があった。不幸にも合格する(持病でもないかぎり合格するのだが)。

近所にも似たような年恰好で志願した者がほかに2人いたらしい(祖父の知るかぎりで)。

祖父は1年と11ヶ月つとめた。2年も3年も兵役がつとまる者はそう多くはいない。途中、戦死するからである。

前述の二人のうち、一人は一年経ったか経たぬかといううちに弾に当たって死んだ。一人は祖父と共に通信の仕事に回された(彼は4、5年前に病没している)。

しばらくして、祖父は鈴鹿に駆り出されて飛行場を作らされた。そのうちに、飛行機を操縦するようになる。

その頃の日本軍の戦況はすでに絶望的なものになっている。

物資がない。油がないので、戦地に赴く飛行機には行きの分しか燃料を持たされない。飛行機に乗って出戦すればどうなるかは、みなさんの知るとおりである。

祖父が「次は、いよいよ俺か」と思っているうちに、幸運にも戦争は終わる。天皇が国民に終戦を告げたのが昭和20年8月15日。

8月末には帰郷を果たす。満州やシベリアでいまだ戦争状態にあった軍もあったことを思えば、やはり幸運というほかない。

帰りはしたが、学校もろくに行かずに従軍していた祖父が、さてどうするか、と考える間もなく近所の大工から声がかかった。なにしろ若い人手が足りない。しばらくは大工をやった。

しばらくやって、今度は「長崎で売薬をやらないか」という話が来て、この話には飛び付いた。食うものも油もない時代に富山の冬は辛く、年を通じて温暖な長崎に行けるのは魅力的だったらしい。

そうして富山と長崎を行ったり来たりしているうちに、縁談が持ち上がった。その娘の母親は部落一番の美人であるらしかった。父は大阪の大学を出ている(どこ大学はよくわからない)当時としては大変な秀才で、その娘というからどんな女かと胸を膨らませて会ってみると、しょうもない顔をしていたという。

祖母については、触れないことにする。

祖父については、つい2、3日前が終戦記念日だったということで書いた。

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悲愁

昔のことを思い出している。

前回、あんな記事を書いたものだから、ピーちゃんに送ったミニメールの内容が悔やまれてならない。

「ピーちゃんのおまんまんにおちんちん注射したい」という旨のものであれば、結果は違ったものになっていただろう。

まだ男を知らぬ少女が眼前の男に、おちんちん注射したい、と言われれば彼女は興味津々で「ホークさんにおまんまんちっくんされたい」とくるに決まっていたのだ。今さらこんなことに思いを巡らせても仕方がないのだが・・・覆水盆に帰らず、いや、盆や。

思えば、しばらく前に私はセロに扮してしりこだまさんのブログに書き込みをしたのだが、「固くなったおちんちんでしりこだまさんの中に入っていくというマジックをやります」という旨の書き込みに対して「庶民的で良い」と好感を示したしりこだまさんでさえ、浣腸されることは嫌がった。「ゆずゆーさんのうなこ食べたい」という旨のネタで狂喜乱舞したゆずゆーさんさんでさえ、「コトダマノ魔女さんに浣腸したい」という旨のネタには冷ややかであった(氏が男性である可能性はここでは考えない)。それらを踏まえてピーちゃんの件を思い返せば、やはり、うんこちんちんであるなぁと私は、違った、温故知新や。

まったく、テメェのバカ野郎ぶりには絶望している。

私は、おちんちん注射ならピーちゃんと仲良くなれたのではないかと本気で思いはじめている。なぜなら、しりこだまさんは自分より年若な青年にその悶々とした思いを遂げたいという情熱をぶつけられて、多少、気をよくしているようにも見えるからである。いや、彼女の本心を知るすべなどないのだから、わからないが。

おしりの穴がいけなかったと思う。おまんちゃの穴であれば、ピーちゃんも女性であるから、その穴に入りたいんだという熱意でもってこれを説けば、あるいは・・・

詮無い話が続くので話題を変える。

ぱとらっこ君に、フラニーさんが催すチーム対抗オーギリ企画に共に参加したい旨の申し出をしたところ、快諾してくださった。そこで、私はくろごまふ君に我がチームで共に戦って欲しい旨の申し出をしたところ、快諾してくださったことをこの場で報告させていただく。盆君にも快諾していただいた。

まったく、ぱとらっこ君ほど不幸な男はいない。くろごまふ君は「コーマンテンゴク」、私は「コトダマノ肉棒エンジェル」、盆君は「つわり帝国産パールライス」という名前で登録することが決まっている。こんな名前の連中だから、ぱとらっこ君は他の参加者たちに「ぱとらっこのチームは何なの?」と白い目で見られてしまうに違いない。

それでも、私と共に参加することを決めてくださったぱとらっこ君の、なんと言うべきか、「魂」とでも言うべきものに私は、強く胸を打たれるのである。

そういえば、しばらく前にこうじ君と出場したどこぞのチーム戦のときも、我々は理由あって偽名であった。実はこうじ君は、これはあまり知られていないが、昔は橋本だった。

また、嫌なことを思い出した。

平沼伝次郎が書いているブログがあるが(左サイドバーにリンク)、これの前にもうひとつ、似たような名前のブログを書いていて、これの駆け出しの頃が抜群におもしろかった。壺上げなるものは他所で散々目にするが、彼はネタボケライフというネットオーギリサイトで上位になったネタの中からつまらないと思うものを探してきては、罵るのである(途中、多くのオーギリコテ達の接近があり、毒舌の方は潜めてしまったが)。

http://dddhiranuma.blog106.fc2.com/blog-entry-25.html

あのときもそうだった。ネタボケライフ第573回、土俵際まで追い込まれた力士が取った最後の手段とは?というお題でナマエナンカナイヨ氏の「ピンチをチャンコに変えた」というネタが見事優勝した。

このネタを平沼は「うまいが面白くない」と斬って捨てた。

チャンスをチャンコにもじったことが特別うまいとも思われないが、力士が土俵際のピンチを、彼らが日常的に食しているチャンコにスルリとすり替えたことは、おそらくこれが、みなさんの好きな「お題に沿っている」というヤツで、その意味で確かにうまいと言えるのだろう。

だが、それなら「覆水盆に返らず、いや、盆や」の方がうまいじゃないか。盆と盆をかけとるからな。完全にかかっとるからな。

私はおもしろがって「ダジャレみたいのが来たなー」と、適当に平沼に同調していると、コメント欄に「通りすがり」なる者が下のように書き込んだ。

「あの1位のネタを単なる”ダジャレ”というカテゴリでしか見れない感性にがっかりです。
やっぱり採点者はそれなりにセンスのある人にやってほしいですね。平沼様のセンスは好きですよ。」

なんでボクだけ攻撃されるんだろう(苦笑)

前半部分は、まあいい。「あの1位のネタ」はチャンスとチャンコという 同じような口調の言葉を利用した滑稽な文句、つまりは、洒落である。ダジャレをダジャレであると言ったわけだから、それは、センスがないヤツにセンスがないと言うような通りすがり君並のセンスのなさで、我ながら気の利かないことを言ってしまったものだ。つまらない。

しかし、私が驚いたことは、そのあとに彼が「平沼様のセンスは好きですよ」と清々しく言ってのけたことである!

「あの1位のネタ」に対するオレと平沼の見解はほとんど一致しとるやないか、アホンダラ!もう!バカ!

いや、確かに通りすがり君の言うように、平沼様のセンスは私も認めるところである。彼が酷評するネタたちに高評価を与えた採点者たちに彼自身が高評価を与えられてしまい、ついにはネタボケライフ内でR2000を越えるトップランカーに君臨してしまったという滑稽な結末は彼のセンスを持ってこそ成し遂げることができた神業であったに違いない。

キング・オブ・オモローに違いない、平沼は。

以前、ナマエナンカナイヨ氏とスカイプで話す機会があった。

ガラガラのダミ声が印象的で、話をした感じでは質朴、温和で実に良さそうな男だと思った。私のようにテキトーな冗談を言ってはへらへらしているという軟派な雰囲気ではない。私はスカイプではコトダマノ肉棒天使という名で登録していたので、「コトダマノ肉棒天使です」と名乗ると「え、えっ?・・・あ、ああ(納得した的な)」と応じてくださった。いい男やな。

その氏にスカイプで「土俵際まで追い込まれた力士が取った最後の手段とは?」と聞いて、その独特のダミ声で「ピンチをチャンコに変えたー」と答えられれば、私はきっと「オヤジギャグじゃないですかw」と笑ってしまっただろう。当時の私には、そこまで想像するセンスがなかった。

さて、ピーちゃんのことである。彼女に宛てたミニメールの内容が送信箱に残っていたので載せる。

件名 : 参加したいが

来週の金曜だよな。
帰りが猛烈に遅くなると思うんで、夜中の二時以降に参加したいです。無理ですね(苦笑)
お兄さんは忙しいのだよ、わっはっは、ピーちゃんに浣腸したい。

土日時間があったら、また将棋教えてくれよ、ピーちゃん

送信日時

2008/03/18 21:28:42

このセンスの無さである。ここで浣腸をチョイスするとは・・・

「ピーちゃんのコーマンに肉棒Fuckしたい」ならよかった。それならピーちゃんも「Yes, yes my sweet days. Fuck me!」ときたに決まっている。

上のようなことを思い、今回書いた。

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知人がチャリンコをパクってかあちゃんを泣かしたけれど

先日、健二君のところで催された将棋「ホーク杯」では矢沢君に負かされ、その矢沢君は決勝でブルーベルベット君に負かされるという、ブログでこれみよがしにテメェの棋譜をさらしている私としてはなんとも気まずい結果となってしまった。「ホークたいしたことねーじゃん」という雰囲気をチクチクと感じている私は、恥ずかしすぎるのでもうこのままネット上から消えうせてしまおうか、さもなくば敏腕が対局途中で落ちてしまったことを理由に大会のやり直しを求めるしかないと思い、健二君をなんとか説き伏せる算段を進めていた。

やり直すしか術がないと思っていた、私は。

あの、ぷりけつの▲3四銀さえなければ・・・!!!

↓伝説の▲3四銀

http://mck.que.ne.jp/weirdfm/shogi/hawk/match8.html

どうですか、みなさん。彼のような頭の賢そうな人が大ポカやるのは見ていて気持ちがいいですね。これなら、やり直さなくていいと思う。

インターネットはこういうところがありますよね。「過ぎたことは水に流そうよ」ということがない。ずーっと残っちゃうわけですから。

だからみなさんは、偽名であるとはいえ、発言は慎重になるしウカウカ将棋も指せません。下手なことを言えば「お前、あのときああ言ってたじゃないか」とずーっと言われるし、下手な将棋を指せば「お前、あの▲3四銀は超Fuckだったね」とずーっと言われるに決まっている。

それなら、消えちゃえばいいなと思うこともあります。ぷりけつ以外は。

インターネットでなにかやろうと思うと、常に綱渡りということになります。一回下手こいたらアウトですからね。そのことが、考えを持っているんだけど発言しにくい、とか、こうじ君がブログをやらない、とか、将棋できるんだけど変な負け方したら恥ずかしいからやらない、という結果を招くとしたらこれは大変くだらないなと思うのです。

そんなものはね、消しちゃえばいいんですよ!

消えればいいと思う。ぷりけつ以外は消えればいい。

↓ぷりけつ

http://mck.que.ne.jp/weirdfm/shogi/hawk/match8.html

さて、詳しくは語りませんが知人がチャリンコをパクってかあちゃんを泣かせてしまったわけです(笑)

「人の物をとっちゃいけない」と子供のころは言われたものですが、人の物をとるのが悪いことなのでしょうか?我々は多かれ少なかれ他所から物を取って暮らしているということにみなさんも気付いているはずです。山で実を採ったり、海で魚を獲ったりしないで我々は生きてゆかれない。

お金だって人から、取るという言い方はふさわしくないかもしれませんが、頂くわけです。お金というのは持っていても使うばかりで、得ようと思えば人から頂くしかありません。そのかわりに、モノを作ってあげたり、車を直してあげたり、髪を切ってあげたりします。そこで、彼の悪はとったことでなく与えなかったことにあると言えます。

たとえば、私がパチンコ屋さんに行くと、たいていの場合は勝ってしまいます。頭がいいから。そして、「感謝の心があればとって良し」という思想のもと4万も5万もとってしまうわけです。でも、私は勝つことそれ自体が正義でないということを知っています。勝ちすぎて。たまに負けたって、それが誰かの血肉となるのかと思えば5万6万とられたってどうってことないのです。

CR花の慶次でもう何箱あるのかわからないくらいに箱を積んでいる人がいます。彼はこの日10万円程度の現金をラクラク手にすることになりました。私はエヴァンゲリオンで4万円失ってしまいましたが、とったりとられたりするのが自然の法則です。それが彼の明日への糧となるなら、それでかまわないのです。きっと彼は、パチンコで大金を手に入れたので明日は家族に「温泉にゆく」と告げて片山津の歓楽街のお風呂でおちんちぶっ殺してやる!!アタマきた氏ね!金返せ!

クソが

まったく、人間という生き物は欲しがってばかりで与えるということをあまりしません。海で魚を獲って食う人はいますが、腹をすかせたサメに食われる人はあまりいません。我々は山で腹をすかせた猛獣に出くわせば、もはや食われるほかないのです。あるいは、死ねば肉を腐らせてカラスの餌にでもなればいい。なのに人間は死体は臭うし見栄えもよくないということでさっさと焼いてしまいます。まるでものをわかってないですね、ほとんど白痴ですね君たちは。絶望的に頭が悪い。

命を失うことは命を与えることでもあるのです。あなたが命を失えばあなたの自我は消えてなくなりますが命は永久に循環し続けるのです。そのようにして自然は命を生み、育んできました。これは我々の住む世界が持つ構造であり、性格であり、絶対法則なのです。

そうすると、麻雀も振り込んだ方が良いということになる(言い切った)

その日、麻雀格闘倶楽部で対戦したのは鹿児島のコウジという黄龍。まさかこうじ君ではあるまい、とドキドキしながら臨んだ半荘はコウジの起家でスタートした。

親のコウジの先制リーチに対して、「麻雀とはすなわち自然や!」という思想のもと、ドラなどを切り出しているうちに親満12000点の放銃となった。赤2枚に裏が一枚という手だった。リーのみやないかクソッタレ!

そうすると、このコウジという黄龍はその後役アリ聴牌はすべてヤミテンに構え、さらに点棒を上積みしようという戦術に出たのである。こいつはまるでものがわかってないな、白痴やな。先制リャンメン聴牌は即リーやろが!!

そして2000点くらいの手をポコポコ和了りながら迎えた南1局でコウジは下家の玄武マスターを三倍満で飛ばしてしまった、という話。

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エヴァンゲリオンの設定6を8200G回したっつってんだろ!

7月も終わりにさしかかり、こうも暑いとうどんも食う気になれないが、昔から暑くてもトマトだけは食えたので今もトマトばかり食っている。家は農家であるので畑を探せばナスやらキュウリやらが植わっており、中からトマトをみつけては、むしり取ってその場でかじってしまう。

祖父は、今はなんとか畑仕事もやっているが、数年前までは副業で売薬を営んでいた。富山の薬売りというと有名だが、それである。

この季節になると、でかい薬箱を背負ってはるばる九州まで繰り出し、特に好んで長崎を攻めた。好んで、と言ってみたが実はルートセールスで、毎年200万ほどの収入があったらしい。それと、カステラをもらったりする。

それが、私がそろそろ大学を卒業しようという頃からか、体がしんどいのでやめる、ということになった。はじめは父に継がせようとしていたが、オレは部長だバカ野郎と一蹴され、ならば私にということになったがオレは大卒だバカ野郎と一蹴し、祖父の代で廃業となった。

私の住む、百姓しか住んでいないような田舎でも、田んぼに出て働く人は随分いなくなった。今は、自分の田んぼの面倒をみるだけでも大変な老人ばかりなので、地区で営農組合を作り、若い衆(まあ、50前後の人たち)の応援を借りては地区の田を区画で担当させ、分担して田植えをしている。

父もそろそろ休日を利用して田んぼの仕事も覚えようかという頃だったが、一昨年ほどに脳梗塞で倒れてしまい、私が田んぼを手伝うこともできないではないが、なかなかアダルトなコミュニティのため参加しづらいままに日を暮らしている。

代々、それこそ苗字をもつよりずっと前から続いてきたのではと想像するが、続いてきた農業も、もしや祖父の代で終わりはしまいかと思うと良い気分ではないが、200万の副収入がありながら私が高校生になってもお年玉がたったの5000円だった(二人の妹と同額であった)どケチぶりを思い出して、「絶えて当然だな」と、畑に入っていってはトマトをむしって、かじる。

さて、私が休日田んぼに出ないで何をしていたか、今日は書く。

その日、私が自宅の門を出たときは、まだ天地は暗かった。

平成20年、某日。

車に乗って目的のホールに着くと、そのホールの入り口の方で並んでいた男が一人、寄ってきた。S元である(3月29日記事参照)。

S元「追い銭してほしいよ」

ホーク「いいよ。オレ、ボーナス全部使う覚悟だから。30万なんか二日じゃ!三日じゃ!!」

この日、狙い台があった。このホールにはエヴァは4台しかないことはすでに触れた。その4台のうち一番左の台がこの日の当たり台、あるいは最高設定6がはいるかもしれない、と予想していた。というのも、この週のエヴァは、三日前から、一番右から当たり台が順番に左へ移動していたのである。それなら今日は一番左やないかw

という予想は単純すぎるのだろうか・・・まったくこの店の設定変更は読めないのである。ジャグラーの設定6くらいなら三日間くらいなら平気で据え置いてくるし、イベントだから上げ狙いと前日糞台へ座れば、平気で据え置いてある。ならば、今日のエヴァンゲリオンはまさかの据え置きか?とも思ったが、平気で順番通り一番左に高設定を入れてくるというのもこの店らしいといえばらしい。

開店すると、私は一目散にエヴァのシマへ向かった。

一人である(苦笑)

着いて、一番左の台をみると、それ一台だけ電気が消えて張り紙がしてある。どうやらこの日はイベントだったらしく、午後1時45分から抽選を行い当選した者にこの台を開放するのだという。

そういうことなら、この台は6に決まってるじゃないですか。アッハッハ(笑)

まさかこんな形で自分の予想が的中してしまうとは思わなかったが、打てないのではしょうがない。その隣の、前日どうやら高設定だった台を試しに回してみる。実はこの台がいつかの記事で書いた22,000円投入して19,000円を回収した糞高設定台である。しかし、BIG当選確率、小役のヒキをみても高設定であったことは間違いないはず。

すると、1,000円でバケ(REG)当選おめでとうございますFuck me!!

朝一バケスタートは大変気分が悪いですね、糞台とは限らんけれども。この台もレイチャンス終了後サクサクッと黄7を3連チャンし、開始間もないが早くも下皿がカチカチである。

これで、現金使わないで小役を数えられるので超気持ちいいです。

小役はベルを数えた方がいいらしいが(ベルの確率自体高いため容易に大量のサンプルを集められる)私は数えないことにする。設定間格差が微差のため設定推測にはかなりの試行数を要するからだ。やはり、早い段階で(1,000ゲーム程度)低設定であれば見切りをつけたい。だって諸君、ジャグラーのシマを見てみるがいい。若い連中が懸命にブドウを数えては6を捨てていくじゃないか。あんなものは4,000ゲームほど回して、もう出玉をみれば明らかに高設定とわかるころに「やっぱ6やんw」というくらいのもんで、朝一の立ち回りには使えないのである、多分。

要は1,000ゲーム回してチェリーとスイカ10回ずつ引けばいいんじゃ!!

その後、謎のバケ7連チャンをもらい下皿カチのまま1,000ゲーム回せてしまった。なんだ、この台は・・・

しかし、小役の引きが弱いので捨てることに。チェリー8回にスイカ4回であった。

続いて、隣の台に移動する。この時間になるとさすがにエヴァのシマも私一人の貸しきりというわけにもいかず、どの台もチョロッと回されては捨てられている。

実はこの台、朝チョロッと回されているのを横目で見ていた。

スイカを一回引いていた。

じゃあこの台でスイカ9回引けばいいもち簡単もち、と回していると100Gも回さぬうちに青い7が揃ったFuck!!

その後、スイカもチェリーもBIGもサクサク引き続け、ピッタリ8200Gで揃えた青7で終了し5000枚ゲットしたよ、やったー☆という別におもしろくもないなんともない自慢話なわけだが、後日、数回エヴァンゲリオンを打ちながらベルを数えることの重要性を身をもって知った。

スイカとチェリーは、ばらつく。

ともあれ、次はその話をしたい。

次回 「エヴァンゲリオンの設定5を9007G回したけれど」

この次も、サービス サービスぅ~ε=ε=ε=ε=ε=ε=ニニЭ

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エヴァンゲリオンの設定6を8200G回したけれど

せっかくの休日に何をしようと考えてみても、無趣味な私はパチスロでも打ちにいくしかない。基本まじめな性格のため、明るい老後を迎えるためには優秀台を1ゲームでも多く回さねばならぬと目を剥いてスロ屋に走るのである。

狩場はスーパーマックスである。近いからである。

朝一から狙うのはエヴァンゲリオンで、理由は前回記事に書いた通り。

マックスにはエヴァは4台しかなく、しかし、土日にはけっこうな頻度で設定6をポツンと置いていたりするので、この4台のうち高設定とおぼしき台に当たるまで高速で回し子役を数えて捨てたり、続けたりする。また、このホールの客層をみると年配の方が多く、開店するとジャグラーに座ったり、パチンコに行ったりする。休日の朝から目を剥いてエヴァを回しているのは私ただひとりである(苦笑)

スロなどまったく知らんという方もいるだろうと思うので、パチスロ「エヴァンゲリオン~まごころを君に~」についての基本的な事柄を書いておく。

メーカーはBISTY。

スペックは以下の通り

  赤7BIG 青7BIG 黄7BIG REG
設定1 1/1024 1/2621 1/753 1/809
設定2 1/2340 1/1008 1/704 1/762
設定3 1/936 1/2259 1/661 1/712
設定4 1/2048 1/923 1/636 1/661
設定5 1/897 1/1985 1/618 1/624
設定6 1/1129 1/1149 1/585 1/585

本機には3種類のBIGがあり、黄7は赤・青7に比べて獲得枚数が少ない。赤・青7は466枚、黄7は286枚の払い出しで終了する。赤・青BIGの設定間の違いは特徴的で奇数設定は赤7、偶数設定は青7に当選しやすくなっている。設定6のみ赤7・青7にほぼ等しく当選する。REGは他機種に比べて特殊なもので、4回の払い出しで終了し、終了後「レイチャンス」というリプレイ当選確率が極端に高いモードに移行し、50ゲーム継続する。

エヴァを好んで打つ人はしばしば赤7の方が引きやすいと感じているが、それは彼らは多くの場合に設定1の台に座っているからにほかならない。設定1の青7の当選確率を見てほしい。こんなもの引けるわけないもち。

本機は小役においても高設定の方が優遇されている。

  ベル チェリー スイカ 3役合算
設定1 1/8.038 1/132 1/124 1/7.142
設定2 1/7.940 1/125 1/117 1/7.023
設定3 1/7.845 1/118 1/111 1/6.905
設定4 1/7.753 1/113 1/105 1/6.792
設定5 1/7.573 1/109 1/100 1/6.618
設定6 1/7.239 1/105 1/96 1/6.327

また、ボーナス中の小役の当選確率についても設定間に差がある。

  チェリー スイカ
設定1 1/29.789 1/16.384
設定2 1/27.306 1/16.384
設定3 1/25.206 1/15.420
設定4 1/23.405 1/15.420
設定5 1/21.845 1/14.563
設定6 1/20.480 1/10.922

ボーナス中、この二役に当選したときはシンジ君がナビしてくれる。シンジ君が

シンジ君「チェリーだ!」

シンジ君「チェリーだ!!」

ホーク「うるせー!」

となる台は良台である可能性がある。

BIG中は、チェリーを揃えると獲得枚数が減ってしまうというわけのわからないことが起こるため、これをわざと取りこぼさねばならない。これは、466枚以上、または286枚以上の払い出しでボーナスが終了することに起因する。

ベルとスイカは15枚の払い出しであるが、チェリーは1枚である。例えば黄BIGの場合、15枚役を19回揃えると285枚の払い出しがある。ここでチェリーを揃えれば払い出しがピッタリ286枚に到達し、終了する。そこで、これをわざと取りこぼす。そうして次に当選する15枚役を揃えれば300枚の払い出しを受けることができるというわけだ。

昔は、BIGは決められたゲーム数をこなすと終了した。例えば、「大花火」という機種があった。これのBIGボーナスはどのようなものだったかというと30ゲームの小役ゲームと、それとは別に8ゲームのボーナスゲームが3回あり、小役ゲームを30回か、3回目のボーナスゲームを終えた時点で終了するというものだった。小役ゲーム中にリプレイを引くことでボーナスゲームに突入し、1、2回目のボーナスゲームは終了すると小役ゲームに戻る。他機種もおおむねこの方式であった。

そこで、「リプレイ外し」という高度なテクニックが求められた。

どういうことかというと、小役ゲームを残り20回残しているところで3回目のリプレイを引いたとする。これを揃えると、3回目のボーナスゲームに突入し、これを終えるとBIGが終わる。小役ゲームがあと20回残っていたのに。

そこで、リプレイを外した。3回目のリプレイをわざと外すことでボーナスゲームへの突入を阻止し、十分に小役ゲームを消化しようというのである。

大花火のリプレイ外しはビタ押しを要求した。

パチスロは4コマまでならスベるようにできており、狙っているところを4コマ速めに押しても狙っている絵柄の役が成立していればスベって揃う。大花火のリプレイ外しはこの特性を利用したもので、BAR絵柄が上のリプレイ絵柄まで5コマ離れているため、これを狙えばリプレイまでスベらない。ただ、BAR絵柄の1コマ下にリプレイ絵柄があるため、ビタ押しする必要があった。

さらに、大花火のリプレイ外しは他機種に比べその重要度が高い。リプレイ外しの成否によって獲得枚数が最悪200枚程度違ってしまうからだ。等価交換なら4,000円の損失、BIG10回引いて全部失敗すれば最悪40,000円程度損することに・・・気持ちいいですね。

そこで、「保険外し」という方法が考案された。

早いゲーム数で2回目のリプレイを引いたときは、一回外しておこうというものである。成功すれば御の字だし、失敗しても3回目のリプレイのときに再度リプレイ外しに挑戦できる。3回目のリプレイを外すことに失敗しても、保険外しを一回入れておけば損失は少なく済む。

そうすると、パンクする危険がつきまとうようになった。

パンクとは、ボーナスゲームを消化しないままに小役ゲームを完走してしまうことを言う。

BIG中のリプレイ確率は1/6程度だったと記憶しているが、引けないときは引けない。こうなると小役ゲーム19回を残した状態で2回目のリプレイを迎えたとき、ビタ押し成功率が8割程度の人間は手が止まってしまう。

これは、外すべきなのか・・・?

外せば、パンクするのが大花火の常である。外さなければ残り17ゲームを残して3回目のリプレイが来てしまうのも大花火の常であった。ビタ成功率8割程度の人間は血の気が引いてしまい成功率が6割程度に落ちてしまうように感じるのは私の思い込みかもしれない。でも、2割程度に落ちるのです、血の気が引いて。そして、2割の確率でリプレイ外しに成功すると残り15ゲームで、またリプレイが来るのです。

ときには、ただの一度もリプレイを引けずに小役ゲームを完走してしまうこともある。これを0パンという。

0パンしたときは、我々は台の電気が点かなくなってしまうほどにぶん殴ってぶっ壊した。高校生がいればカツアゲしたし、女連れの男がいればそいつの足を踏んだり、ひざを蹴ったりした。

このようにして、営業マンや大学生たちは外回りや講義はほどほどにして大花火に熱中したという話を、また別の機会を設けて書かねばならない。

私は、どうもパチスロの話をすると脱線してしまうらしい。

話を戻す。

次回、戻す。

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てめぇの無明を知り、てめぇのブログの無益を知る

インターネットが普及して、言論の場が平たくなった、とでも言うのだろうか、これまではマスメディア経由でしかパブリックには表出してこなかった個人の言論が、例えばブログという形をとって公の世界に進出してきた。

ブログの言論空間は、これまで情報の最上位で読者・視聴者を見下ろしていたマスメディアを、インターネットの混沌に引きずりおろそうとしている。ドキドキしちゃう、ブヒー!

弁護士や公認会計士といった専門家が新聞の記事内容の誤りをブログで指摘するというようなことが起きている。また、ネットオーギリ関連の人のブログでもマスコミに批判的な内容の記事を書いたものが、少ないが、あった。

このような現象は、個人の言論をエンパワーし、さらには、マスメディアの地位を相対的に低下させる。

そうすると、これまでマスメディアが担ってきた公共性を一体誰が担保するのか、という問題が出てくる。

はて、誰かね。

サイレン君が自身のブログ等で、私の糞ブログの糞記事を絶賛してくれるものだから、てめぇの糞ブログが一体どれほどのものかと見てみたが、しりこだまさんのおまんまんにどうのこうのというふざけた副題を付けてパブリックに垂れ流しているあたり、てめぇのバカ野郎ぶりに苦笑いするしかない。

携帯でこの糞ブログを見ると、しりこだまさんのおまんまんにあーだこーだというふざけた副題が、右の方からパブリックに向かって流れてくるのである。筑紫哲也がかつてインターネットを「便所の落書き」と痛罵したが、まさしくこれではないか(苦笑)

まあ、インターネットなんてものは単なる「場」であり、現実の写し絵である。素晴しい文章を書く人、人を感動させることができる人がいるし、人を呪詛し、揚げ足をとってばかりの人もいる。

その場に、バカ野郎な文面を垂れ流しているだけのゴミのようなブログを、サイレン君ただ一人でも面白がってくれるなら、まるっきりのゴミでもないな、と救われる思いがする。

さて、てめぇに負けず劣らず、とんでもないコンテンツをパブリックに垂れ流している男が企画を始めたようなので紹介しておく。

敏腕が「5」というオーギリ企画を催しているので、みなさん奮って参加してください。

健二君の組み手のパクリだと思います(笑)

http://tannsosui.web.infoseek.co.jp/cgi-bin/vote205/yobikou/list.html

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反骨精神

堀江貴文はみなさんご存知でしょう。彼に代表されるベンチャーのリーダーたちの最大の特徴は、反骨精神であろうと思います。

これは、単なる批判精神ではありません。批判精神とは、例えば、ネット上でよくみられる批判の多くは単に自らの感情を吐露し、あるいは道徳、倫理、あるいは既存のマスコミ論調の中から自分の好きな論調を選んで、自分が嫌いな論調を攻撃する精神で、このようなものです。反骨精神とは、主流に対してまさに逆の方向を指し示し、「それもいいけど、これもいいはず」という精神です。彼らは主流の人が言わない、やらないことを独自に考え、独自に実行しました。

私は26年も日本人をやっているのでわかりますが、民主主義国家であり言論の自由も保障されているこの国も、実際には多くのタブーを持っています。

そりゃあ、まぁ、時折火炎瓶を投げ込まれることはありますが、暗殺や投獄されることはありませんし、それでも世論をみていると必ずブームや主流が存在し、支配します。主流に反することを言えない、言わせない空気は存在します。

以前書いていたブログ「沈没船レイディラック号」で「ボケノ批判」という記事を書きました。今は閉鎖してしまいましたが、ボケノートというネットオーギリサイトは「言わせない空気」を制度として持っていました。

ネットオーギリはマジョリティ(大多数、主流派)を競うゲームですから、多くの人はおもしろく感じない、少数の人しかおもしろいと感じないネタは上位になれません。主流派の感性を持たなければ好成績は望めないのです。

そこまではわかります。しかし、下位(反主流)に一回休みというペナルティを与るのはどうだったか。反主流派を投獄して、その口を塞いでしまおうというわけです。

私には理解しかねる制度ですが、ボケノートが持つその村八分的制度は日本人的と言えば言えなくもなく、そういう風土が日本人にウケたというわけでもないでしょうが、ボケノートは数あるネットオーギリの中でもっとも投稿数も多く、まさにその意味でネットオーギリサイトの最高峰(マジョリティ)であったことは私も認めるところです。

ネタボケライフはそのような規制を設けなかったため、変な人が現れました。

例えば、ベクトリームという人がいました。そのネタの内容は極めて苛烈なもので、とても万人に受け入れられるものではありませんでした。しかし、ネタボケライフは彼を排除しようとはしませんでした。「こんなのがあってもいいだろう」という、管理人のいいかげんさが・・・もとい、真に民主主義的性格が彼を生かしました。

私は、彼の強烈な反骨精神に触発されて、ベクトリームいじりという、主流派はやらなかった新たなパフォーマンスに挑戦しました。彼は、飽きたのか、あるいは何か思うところがあったのか、今はやめてしまったようですが、最後まで彼はそのパフォーマンスを全うしました。

Revin氏は感情論に走ることがありません。自分の価値観で正義と品格を普遍化するということがありません。そのことが、新たなおもしろさを生み出すことに成功しているのではないかなと、個人的には思っています。普通マンや、私もその部類に入るのでしょうか、ホウケイ乾杯ラガーなんてのもいましたね(笑)、ああ、新人QPもそうだ。

なにも反骨精神が万能だということではありません。反骨精神がなければネットオーギリが不幸になるということではありません。ただ、多くの人が自分の判断で選択することができなくなっているとしたら、それは不幸なことかもしれないと。一部の個人がたまたま塊になった瞬間、ほかの個人が急速にそれに寄っていくという、空気形成プロセスとでもいいましょうか、そういうことがあるとすると、つまらないと思うのです。

レッグオーバーが私のブログから離れたとき、私のもとに、少数とは言え、急速に人が集まり、彼らが私の一声で動き、あるいは普段はやらないようなコテいじり、パクリなどを私の真似をしてやっているのを見て、「あれ、なんか違うな」という違和感を感じたことはあったかもしれません。わかりませんが。

その彼が、どうしたのでしょうか、ネタボケライフも自身のブログもやめてしまったようです。罠学スレでネタ談義したり、2ちゃんでも何か言って横穴スケベ椅子さんにボロ糞に言われているのも見ました。そのときは、特に助け舟をだすということもしませんでしたが、もしかすると彼も上に書いたようなことを言いたかったのではないかなと想像しています。

彼が、自身のブログで紹介した人、ネタたちは、必ずしもマジョリティではなかったからです。

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唯物論と経験主義

パチスロを覚えたのが大学1年か2年だったか、はっきり記憶していないがその頃だったと思う。

バイト先のコンビニでバイト中に立ち読みしていたパチスロ雑誌で「オオガメラ」という機種の打ち方を覚えた。

試しに打つと、勝った。勝ってしまうと、パチスロもけっこう楽しいじゃないか、と思いまた打った。

また打つと、また勝った。

ホークカンパイラガーはパチスロ方面でも、オオガメラで3ヶ月で150万円という勝ち金を積みあげ、飲み食いと「大花火」ですべて散財するという天才ぶりを発揮している。

その後に、「獣王」が出てきた。この機種を皮切りに、パチスロは一日で月の給料ほどが動く、文字通り「ギャンブル」へと変貌してゆく。「コンチ」、「金太郎」、「ミリオンゴッド」という今にして思えばただ恐ろしく、当時にしてみれば魔術的とも思える魅力と刺激に溢れたパチスロたちであった。

このパチスロ黄金期に、私は不幸にも散財している。

水道橋の「みとや」というホールには、なぜかその黄金期に「HANABI」という出玉性能だけみればユルイ機種を3台だけ設置してあって、たまにそれを打った。ゴールデンウィークに友人が東京に遊びに来たときは、そこに並んで打ったこともある。そのときはなぜか、連休中ずっと高設定のままほったらかしにしてあった。そのときに得た勝ち金は、連休最終日に上野の「GAIA」で散財している。

昔の話をすれば止めどがない。

今なお、熱の冷めない私は仕事帰り、フラっとホールに立ち寄ることがある。

近間でいうと「スロットマン」というスロット専門店がある。ただし、出玉状況は劣悪で、口の悪い者は「ウンコマン」と悪意を込めてそう呼んでいる。他には、パチンコ雑誌の田舎ホール企画で特集を組まれたことがある「スーパーマックス」、川を越えた隣町まで出れば「トヤマホール」、「ダイナム」などがある。ダイナムは職場から向かうと自宅を越える場所なので、自然、自宅に近く出玉の期待できるスーパーマックスに足が向く。

夕方はパチスロをやるにはいい時間であると思っている。

台の動向が見えている。

時間が少ないので大きく勝つことは難しいが、ハズレを引かされることがない。もちろん、いい台ならば座れないことの方が多いのだが。

それでも物色していると、同じように台を物色している男がいる。今回書こうと思っている男で、先に話した、みとやで一緒にHANABIを打った男である。

あの時、彼は東京にゆくために北アルプスを越え、東京でHANABIを打つと、帰るために北アルプスを越えた。

そういう男である。

彼の苗字のイニシャルの頭文字をとって「S」と呼ぶ。

英雄的な逸話を多く持っている。

成人式の日、前述したスロットマンで「スロットマンデー」なるイベントがあると言い、式をすっぽかして朝から攻め、終日打ち切っている。この話のどこが英雄的かと言うと、ノーフラグ・現金で打ち切っている。

冗談でなく散財した。

帰りに駐車場の灯柱に車をぶつけて折ってしまったのは、大負けの腹いせではなく、疲れていたからだという。成人したその日、こうであった。

この日は、スーパーマックスにテッポウで来ている。

S「追い銭してほしいよ~」

ホーク「まだ八日やぞ」

給料日まで17日を残して文無しのSはテッポウでマックスにいる。

この男を形容するのにふさわしい言葉を、今、私は懸命に探しているが、英雄という言葉以外ない。こんな奴は、思い切って「S元」と呼んでしまおう。

S元「追い銭してほしいよ~」

ホーク「いいよ」

追い銭してほしいとおどけると(2回も)妙に愛嬌のある男で、忘れた頃には返してくれるのでついつい貸してしまう。この日も、貸した。

2万貸した。

さて、我々が向かったのは「アイムジャグラーEX」のシマである。完全告知で目押しの必要も特になく、老若男女に愛される名機である。今、最も人気のある機種らしく、台数も多く出玉も良好だ。

このジャグラーという機種で注目すべきは、その客層である。中高年でも打つ人が多く、彼らは良台に座ってもある程度BIGを引くと、ヤメ時だと捨ててしまうことが少なくない。この時間は特に狙い目の機種である。

案の定、3000回転でBIG当選確率が1/220の良台が空いていたので、座った。S元が座ったのはその隣で、1500回転でBIG3回の糞台である。その糞台に座ったこの男を形容する言葉を今、懸命に探したが、ウンコマンであろう。

S元「その台は連チャン終わったところやから、出んぞ」

ホーク「お前の糞台は、これから何が始まるんよ?」

S元曰く、たとえばジャグラーであれば最高設定でもBIG当選確率は268/1だからこれからハマるというのだ。逆にS元の台は1/500だから、今はBIGを引きやすい「波」におり、連チャンが期待できる。1500回転で3回なら2000回転まで回せば設定1でも今から4回はBIGが引けるというのだ。

だが、パチスロいうのは、ジャグラーであれば設定6なら1/268、設定1なら1/287の当選確率で毎ゲーム抽選し続ける。S元の選んだ台はこの後もおそらく1/287の確率でBIGを抽選し続け、私の選んだ台はおそらく1/268の確率でBIGを抽選し続けるわけだが、そういう仕組みを彼は理解できない。

かわいそうなウンコマン。八日にして文無しになる所以である。

しかし、ただの千円で、ウンコマンは波に乗った!

千円でBIG、その後一桁連チャン、次に100回転も回さぬ内に3回目のBIGボーナスを引いたところでスッパリやめてしまっている。このヤメ方だけはさすがスロ歴10年といったところで、マグレは続かないということを経験的に知っている。

S元「確率は収束する

ホーク「うるせー、バカ」

一方、私の選んだ台は彼の予想したとおり、長引いた。

最初のBIGを引くのに8000円、それを飲まれて追加投資2000円でBIG、それも飲まれてしまったが、良台は回せば回すほど期待収支は増える、という理論のもと、強気の再追加投資2000円で引いたBIGがようやく繋がった。

合計14000円の投資で、ようやく下皿を埋めることができ、あと1回引けばようやく箱に手が届く。

そのときS元が来た。

なんと、パチンコ「エヴァンゲリオン」で散財してしまっていた。

S元「追い銭してほしいよ~」

この男を形容する言葉を探してみると・・・なんだろう。ウンコかな。

もう、この男といてもしょうがないんで下皿のメダルを流した。

630枚。-2000円である。

帰り、S元がHなDVDが欲しいとごねるので、買ってやった。

※テッポウとは、文無しで賭場にゆく者をいう

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人の運

ハンゲームで将棋を指していた。

最近はジワジワ勝ち数も増え、「一般棋士」という称号を得て、私もハンゲ内ではミドルクラスの将棋指しである。

ポツリ、ポツリ、と観戦者も付くようになり、この日もそうだった。

3局指したが、一局は相矢倉で米長流急戦策で終盤までリードをとりながら、一失あり逆転負けを喫した。

次局、「師範」の称号をもつ格上を相手に、定跡形を外れた力将棋に持ち込まれ、なす術なく負け。

3局目、三間飛車に対して、盆君が最近興味を示している左美濃の棋譜をひとつ仕入れてやろうと思い左美濃に構えるが、序盤から一失あり、作戦負けに陥る。

最初、7、8人ほどいたギャラリーもポツリ、ポツリと減っていき、三敗目が決まる頃にはただの一人になっていた。

その一人がである。

チャットで「ホークさん強いですね」という言葉を私によこした。

今、眼前で三連敗を決めた男に、言うのである。

最初、ケンカ売ってるのかな?、とも思ったが、どうやらサークルの勧誘であるらしかった。まだ立ち上げたばかりで、人がいないのだという。

誰を捕まえてモノを言っていやがる、と思い適当に追っ払ってやろうと思ったが、その者の戦績をみると41戦中40勝1敗という将棋の怪物であった。

こんな怪物にお近づきになれる機会など滅多になく、すぐさまサークル加入の意思があることを告げた。

ホーク「弟子にしてください」

怪物「私のマイページからサークルに入れます」

早速、怪物のマイページに行き驚愕したことは、怪物が12歳の女の子であることだった。Fuck!!

最初、ゆずゆーみてぇな野郎かな?、とも思ったが、話を聞くとどうやら本当らしく、まだ小学6年生であるという。

だとすれば、神童である。試しに一局教えてもらったが、ボロ糞にやられた。

私の生涯のうちで、14も齢の離れた少女を師に仰ぐようなことがあるとは夢にも思わなかったが、人の運などわからない。

彼女にとって、ハンゲ将棋における41回目の勝利をみやげに改めて弟子入りを志願した。

この日、ホーク4連敗。

さて、こうなると私は身辺整理にとりかからねばならない。

もし、彼女がホークカンパイラガーの名を検索したならば、ネタボケライフに辿りつく可能性が極端に高い。

恐ろしいことであった。

師匠はまだ12歳の女の子である。あんなもの見られたら嫌われるか、さもなくば極端に破廉恥な中学生になってしまうに違いない。

前者はともかく、後者は絶対阻止だ!

彼女と別れたあと、私は直ちにネタボケライフ管理者であるRevin氏にネタの削除を依頼すべく、自分のネタを総点検した。

私は、絶望した。

削除すべきネタは、ゆうに100を越えるであろう。それも私の感覚でいう100であって、見る人が見れば200を越えるかもしれない。10や20ならば無理にでも削除させようと思ったが、200を越えてしまってはRevin氏も迷惑するであろう。

また、「死ね」、と言われるに決まっている。

ならばせめて、自分で管理しているこのブログだけは整理せねばならぬと修正・削除が必要な記事を探すべく総点検した。

私は、もう死にたい。

将棋カテゴリのものはともかく、その他の記事は戯言カテゴリの「間合い」と「愛犬のこと」以外すべてアウトではないか。Fuck me!!

こうなればもはや、ありのままのホークで彼女と接するよりない。

彼女が私を知り、嫌われてしまうのは仕様がないが、変になついて破廉恥になってしまわぬよう願うばかりである。

それにしても、こと将棋については素晴しい才能を天に与えられた彼女の強運であるが、その彼女が将棋サークルを立ち上げて真っ先に声をかけたのが、このホークであるとは、人の運などわからない。

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NGO(仮)の過去ネタをみて、ものを思う

ぶるべるべの相掛かり棒玉が最下位になって、敏腕のとこのおもしろ一言企画がダメになってしまったことは可笑しくてならない(笑)。ぶるべるべか、さもなくばサイレンのせいだ。

先日、リンカーン(TBS火曜10時)でブラックマヨネーズのブツブツが19歳の頃に関係を持った60代熟女が内田裕也似であったという事実が現れて、ああ、やはりこうじ君はM-1クラスやなぁ、と感心して、ネタボケライフに投稿されたNGO(仮)ことこうじ君のネタをみていた。

ただの2回投稿しただけで早くも1位をもぎとっているところをみると、いよいよ本物であるなぁ、と順繰りにネタをみていくと第803回に「荒れる新成人」というネタがあり、可笑しかった。

思えば、生まれて20年経てば人と成るというのはおかしな取り決めである。ただ20年経ったということのみで成人し(大人になる、という程度の意味)、そのとき自分はどうだったであろうと思い返すと、タバコと女とパチスロを覚えたくらいでどうということはない。そんなものなら下手なオッサンより高校生でもよほどうまくやる奴がいるではないか。大人とは、かくもいい加減なものかと思ったものである。

ところが、調べてみると20歳で成人になるというものは単なる文化ではない。「満20年を以て成人とす」と、法律(民法総則、第3条)に明記してあるのだ。つまり、具体的に法律行為に責任を負わされるようになるのである。

恐ろしいことであった。

タバコと女とパチスロを覚えただけの男が成人するのである。

そのことを知っているのか、知らないのか、ただ20年生きたというのみで成人の称号を半ば強引に付与される成人式という儀式で、成人した彼らより多少体験人数は多いのだろうか、吸ったタバコの本数だけは彼らを凌駕しているであろうだけのオッサンが、そのことについて一切説明することなく「大人とはかくあるべき」みたいな話を展開するならば、新成人が荒れるのも無理はない。

ともかく、成人した我々はその後数年、素行や社会的地位、現金収入の有無等により、大人たちの都合で大人にされたり子供にされたりすることになる。

大人とはかくも不合理で理不尽なものかと、まだ子供の目で大人を見ていた私が、「ああ、オレも大人になっちまったのかなぁ」と思ったのは、オリンピックに自分より年若な選手が現れ始めたからである。

自分より年の若い男女がオリンピックという大舞台で活躍している様を見ると、タバコと女とパチスロだけ覚えて成人した自分が、成人式で知ったような顔でモノを語っていたオッサンと重なり、可笑しいやら情けないやら。

そんなことを感じて以来、スポーツはあまり見なくなった。

上のようなことで、NGO(仮)というオッサンが件のネタを投下したことがただただ可笑しい(笑)

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